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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第04回:『 心の声 』
ヒソプ工房 副施設長 浅沼俊一

2012年3月15日発行(機関誌106号)

心の声

私がヒソプ工房でTさんと出会ったのは今から18年前になります。言葉数が少なく、自分の気持ちを表現することが難しいTさんにとって、 気持ちをうまく表出できない、伝えられないもどかしさから、相手に対して攻撃的な態度をとってしまうことも多く、 当時私自身も関わり方に悩んでいました。Tさんに気持ちを伝える相手として私自身が認めてもらえるように、 Tさんとのコミュニケーションを模索していた時期でした。

そんな中、最愛の父との別れがあり、ご家族の悲しみはもちろんでしたがTさんの気持ちを考えると私自身もどうしてよいかわからず、 どこまで父親との別れを理解しているのかもわかりませんでしたが、表情からはTさんとして事実を受け止めているように感じました。 しばらくしてヒソプ工房でも「ビデオ」と話しかけてくることが多くなり、後日母親に尋ねると、父親が映っているビデオを観て、 毎晩父親に会っていると聞き、切ない思いに襲われました。

その2年後に、かつて長い間担当であった職員が亡くなり葬儀が行われました。親族の方やカナンの園の職員、利用者、保護者が参列する中、 Tさんは父親との別れを経験して間もない中での出来事に、気持ちは複雑だったように思います。大勢の人が集まる場所が苦手なこともあり、 葬儀の最中も会場に入ることはできず、車に乗ったまま降りることに強い拒否がありました。Tさん自身にも葛藤はあったと思いますが、 私自身にも葛藤があり、無理強いはしたくないが、故人もTさんも本当は会って最後の挨拶をしたいはず…、 私は支援者としてではなく、私個人として自分の気持ちを素直に伝えました。故人とTさんの関わりは深く、 奥中山学園の時代からお世話になった人であることや、故人のTさんに対して想い等を伝えながら、私のエゴかも知れないと思いながらも、 Tさん自身にも一つのけじめとして参列してほしい、後悔してほしくないことを伝えました。参列者の献花が終わろうとしているときに、 Tさんは自分から車を降りて私と一緒に会場へ向かい献花することが出来ました。その時にTさんが何を感じていたのかは私にはわかりませんが、 Tさんの遺影をジッと見つめ言葉ではなく何かを伝えようとしている表情に、私自身の感情と涙が溢れだし、支援者して故人から託された想いや、 私自身がこれからもTさんやヒソプ工房を支えたいという強い想いも同時に込みあげてきたのを記憶しています。

その後もTさんとの関わりの中で、Tさんの言葉(心の声)を聴くことができているかどうかはわかりませんが、 私に話をしてくれることが増えてきたことを考えると、気持ちを受け止めてくれる相手として認めてもらえていると感じています。 傾聴や共感…言葉では簡単に表現できますが、私のTさんへの想いが伝わったことで、私なりの聴き方で私なりの心の声を感じることが できたのだと思っています。

私自身、自分の気持ちを表現するときに言葉で伝えることが多くなりますが、言葉だけでは伝えられないことや、 その言葉に惑わされることも少なくないと思います。利用者の言葉をそのまま受け止めてしまい、心の声に気が付かないことも多くあると思います。 言葉での表現が難しい方に対しても同様に話したいことが話せる、気持ちを表出できる信頼関係をこれからも築いていきたいと思っています。 Tさんから教えいただいた心の声に耳を傾けるということを基本としながら、今後も仕事に携わっていきたいと思っています。

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